entee memo

元カレンダーから始まる新年

商業主義と結びつかない限り、節目や儀礼というものは無駄なものではない。それどころか、われわれに様々なことを気付かせ考えさせる契機となる。ただ、今日では「節目」が商取引と結びつかないではいられないので、夏至祭(降誕祭)や正月の儀礼までが、反商業主義という「ほとんど絶対的な良心」によって批判されてしまうことがある。ある程度仕方がないことであるにしても。

自分が提唱する元カレンダーについては昨年も数度言及していたが、今年の1月こそ、まさにこの「元カレンダー: archetypal calendar」なのである。これは先月、12月25日が日曜日であった時点で分かってはいた。

いずれにしても、元カレンダーが巡ってくると、第1日は日曜日。すなわち、当たり前な話だが、こうした月には「6日は金曜」だし、もちろん「13日は金曜日」になる。これは縁起が良いの悪いのといった「迷信」とは(基本的には)関係がない。問題は、われわれがその祖型的カレンダーから何を受け取り読み取るか、なのである。

まだゆっくりご覧になっていない方は、お休みを利用して(?)ぜひ「元カレンダー」と第三周の世界あたりを読まれたい。というか、暦茶碗を取り上げた集団的な「浄化」儀礼と<宝珠>の伝えるもの[1]あたりから、読んで頂けたら本当は大感謝なのである。

今度「元カレンダー」が巡ってくるのは10月である。だが、こうした元カレンダーが新年の最初の月(正月)に巡ってくるのはそうしょっちゅうあることではないだろう。まさに「正月: correct month」の名に相応しい巡り合わせである。

節目を思い出させてくれる節目に相応しい「祖型的な暦」が、皆さんのお宅の壁にぶら下がっている新しいカレンダーによって示されている筈である。

賀正 2006






posted at 11:31:51 on 2006-01-01 by entee - Category: 伝統数秘学批判 TrackBacks

コメント

ほひっ☆ wrote:

昨年の大晦日の夜、近くのお寺に行ったのですが、さすがに大変な人出で、除夜の鐘をつこうという人々の列が、境内を幾重にも蛇行しておりました。そのちょうど真ん中に、大きなかがり火が炊かれていて、天に向かって盛大に燃え盛っていました。まさに時の円環の始点と終点を結ぶ宝珠のごとく。

ニュースによれば、この三が日に初詣に出かけた人は九千七百万人とのことです。日本の人口の八割近くにもなるのでしょうか。ふだんほぼ完全に存在を忘れているであろう神社仏閣に突然押し寄せる人々。毎年の事ながら不可思議な光景です。

これから展開されるenteeさんの怒涛の諸記述、楽しみにしています。
2006-01-05 15:37:31

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