entee memo
課題が見出される庭園 - Annex:祖型と反復、宗教と象徴、神話と図像
――「あらゆる手立てを尽くして正否を明らかにしなければならないほどに
例外的に重要な論件」としてのエゾテリスム釈義

2010-03-07

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #2

Blake God

レーウの「神」に関する議論の続きを。

恣意によって苦しめられた者のみが、意志を発見する。太陽は、その気になれば、姿を隠し、光るのをやめることもできるのだと考えた古代のアニミズム的エジプト人は、太陽を永遠に昔ながらの正しい軌道から外れさせない、鉄のような運命の女神(デイケー)がいると信じたヘラクレイトスよりも、キリスト教の神概念に近い。盲目的な力や法則よりも、恣意的な神を信じる方がよい。最初によるべのない人間が、その生存の危機の中で、圧倒的な現実の背後に一個の人格的意思──それが呪うべき意思であるとしても──を想定するのでないならば、復讐の神も、正義をつかさどる神もまたわれらの主イエス・キリストの父なる神も考えられないのである。
 人格神から唯一神への進展は、かなり速やかに起こる。しかし、有神論(Theismus)はやはりいつの時代にも一神論(Monotheismus)よりは重要であった。唯一の神のみがあるという理論的確信を許容する宗教は一つとしてなく、あるのはただ人間が仕えることのできるのは一個の力のみであるとの強い信仰を許容する宗教だけなのである。もし他の神々は存在しないと言われるならば、それはこの、われわれの神の他にいかなる神も存在しないという意味でである。
G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』(田丸徳善/大竹みよ子 訳 東京大学出版)「神」(の章) 16 多神教 page 132

われわれの世界が、全く機械論的で揺るぐことのないメカニカルな法則によってのみ突き動かされているという、言わば「神不在」の世界観に対しては、実に古い時代から、その是非を巡ってさまざまな考えが提出されてきたということだ。喩えてみれば、玉突きやドミノ倒しのような「原因と結果」という因果の連鎖があるだけ、という機械のような世界よりも、世界の現象が、《その者》の気まぐれであったとしても、《なにがし》かの意思によって、どうにでもなるのだということの方を信じたくなるほど、人類は自然の「恣意」によって苦しめられてきたということになる(らしい)。しかも、その苦しみは単なる偶然によってもたらされる苦しみであると考えるにはあまりにも大きい。したがって、それが同じ苦しみであっても、単なる不幸な「事故」ではなく、何らかの至高な意志者による、われわれの理性では計り知れない計画と意図を持った者(至上者)による「恩寵」であると考える方が楽なのである。その点では、“暗い哲学者”ヘラクレイトスの方が現今の無神論に近く、キリスト教の方がアニミズム的古代エジプト人に近いというわけだ。つまり神々とともに生きていたギリシア人の方が、いつでも奇跡が起こる神のいる世界ではなく、神不在の、遥かに冷厳な宿命論を受容していたとも解釈可能なのだ。

いずれにせよ、神がいるかいないかという議論に対し、人類は「いる」という回答──つまり「有神論」──を選ぶのを好み、そうした「有意志的な世界」(有神論)に対し、汎神論に向かう別の軸を想定する。

一神教か多神教かという議論については、単純な二項対立ではなく、つねに「他の神」という、半ば「客観的」な存在者へのアンチテーゼでしかなく、自分らが想定する神以外の「神々」が存在するという他者への強烈な意識が、かえって「仕える対象としての神」が唯一でなければならないという希望的な観測を裏付けている、ということになる。つまり、そこには意識的な「信仰」という選択が求められる。

さて、汎神論について言えば、「神がその名前を失うこと」とレーウが説明するような面が確かにある。エジプトの原始汎神論者は古い神の名「アトゥム」を「万神」と解釈したという。ゼウスはギリシアでは特定の(つまり「至上の」)神の固有名詞ではなくなり、例えば、エウリピデスがそうしたようにゼウス・自然法則・世界理性の三者間に区別がなく、同じ概念を表す言葉として恣意的に活用したという。またゲーテは絶対的力への信仰をこのように表現したという。

「私がそれ(神的なもの)をトルコ人のように百の名前で呼ぶとしても、まだ不足であり、そのあまりに際限のない特性に比べれば、まだ何も言わなかったに等しいであろう」。(page 135)

この言葉で思い出すのは、福音書における次の記述だ。「イエスのなさったことは、このほかにまだ数多くある。もしいちいち書きつけるなば、世界もその書かれた文書を収めきれないであろうと思う。」(ヨハネによる福音書 21. 24-25) ゲーテは神の名前について語っており、福音書家ヨハネは行為について語っているので関係ないとするならば、それは想像力の欠如である。行為の数だけ名前がある。そして名前の数だけ異なる行為があったのだ。この世界で起こったあらゆる奇跡的な出来事はすべて、イエスという「汎神」にその原因を求めることができる。イエスはヨハネ伝においては、神と人間をつなぐメッセンジャーであったというよりは、まさに絶対の至上者そのもの、すなわち汎神論的な意味での「神自身」、換言して、文明世界の隅々に浸透しわれわれの世界をかくあらしめる《絶対神》的な存在へと昇格しているのである。

それは神道を国家神道という形に変形し、天皇という至上者を想定し、それをあらゆる神(八百万の神々)のヒエラルヒーの頂点に座するものとしたのと比肩しうるかもしれない。つまり、この世で起こっているすべてが、この生ける神の意志次第になっている(いて欲しい)という概念は、ある意味、きわめて西洋的、いや、少なくともヨーロッパの宗教では馴染み深いものである、ということはできよう。

この回は、自分の至らない見解で締めくくるよりも、レーウの本書における最後の引用をそのまま引用して締めくくるのがいいだろう。そこにはイエスが自らを「アルファでありオメガである」と言ったその語り口(修辞法)の範型(元型)とも言うべきものが見いだされるのだ。そして、イエスが父と呼んだ存在、そしてその後の聖母信仰の範型とも言うべき、処女マリアの役割さえも、ひとつの神(ゼウス)が果たすのだ。これこそがヨーロッパのイメージした究極の汎神論的な神の姿なのであろう。

その(バガヴァッド・ギーターの)ほかに例えば、ギリシアのオルフェウス教でも、汎神論は全盛をきわめていた。「ゼウスは最初の者となり、ゼウスは最後の者となり......ゼウスは頭であり、ゼウスは胴体であり、ゼウスから万物が作り出される。ゼウスは大地と、星ちりばめられた天空のどだいである。ゼウスは男性として作られ、ゼウスはまた不死の乙女となった。ゼウスは万物の息であり、ゼウスは永遠の日野力であり、ゼウスは大地の根である。ゼウスは太陽であり月である。ゼウスは王であり......一切の存在の支配者である。


関連文書
《実在する神》への付言
“伝統”数秘学批判――「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [7]“2”の時代〜「元型的月曜日」(後半)
19:06:37 - entee - TrackBacks

G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』を読む #1

Leeuw site image
Gerard van der Leeuw (1890-1950)

「多神教」対「一神教」という二項対立は、とりわけ自分の国を多神教国家だと思い込んでいる人々の多い日本においてよく耳目に触れることのある単純化された議論である。宗教の分類の一便宜として、神道(特に古神道)が、多神教的であることは否めない。私の見解では、むしろ日本の「多神教」は、汎神論に近い感覚だと思われるのだが、以上の便宜的分類は分類として一旦は諒解はできるとしておこう。だが、どこまでそれを精緻に検討した結果で述べているのか分からないが、「日本は多神教国家だから平和を愛し、近東や欧米は一神教国家だから闘争的だ」というような言説は、政治的に有効であってもおよそ学問的だとは言いがたい単純化である。その単純化のレベルは、何度も本サイトでも取り上げられているような「農耕民族」対「狩猟民族/遊牧民族」という悪質な単純化による、他民族の劣勢(ないし、それによって強化されたと思い込む幻想的な自民族の優勢)の理由付けにも等しい。

そもそも、日本の信仰が「神道」であるというおそろしく単純化された便宜を受け入れた上で、そして、それがさらに「伝統的に多神教的である」という前提の上で述べたとしても、そのために例えば戦争(闘争)を回避できたなどという歴史的な根拠はどこにもなく、日本が現今のように政治的に統一できたことひとつをとっても、そこには多大なる闘争と、その結果としての他部族(お家)の殲滅など、大いなる暴力と人的犠牲の上に成り立っているのである。

では、日本の信仰が仏教であるという、これまた恐ろしく単純化された方便を用いたとしても、本当に日本人が仏教的な生き方をしているのかと言えば、それまた疑わしい。もし古代日本が人間の組織としての仏教の宗団を自らの文化的よすがとして、そして支配の方法として持ち込んだのが本当だとしても、それが日本の平和に寄与したというようなことを信じる程、われわれはもはや純真(ナイーブ)ではあるまい。聖徳太子の時代に、大陸の哲学である仏教思想なるものがやってきたとき、むしろそれは非仏教的旧勢力との間で大いなる摩擦と軋轢、そして殺戮さえ引き起こす原因にさえなったのだ。それに今日でも見られる日本人が仏壇や先祖代々の墓の前で手を合わせる姿を観察しても、それは仏教への帰依というよりは、それ以前から存在する祖先崇拝の方が、いかなる日本の他の信仰よりも強いものであったことが明らかに思える。言うまでもなく、祖先崇拝はきわめて宗教的な現象であり、また宗教学の研究対象でもあるが、それはアフリカやオーストラリアの旧文化世界の生き残りの観察などに求めなくとも、すぐ周辺に存在する抜きがたい宗教感情なのである。それはほとんど、「霊的に支配されている」と言っても過言でないほどの強靭さを持った現象である。本当の意味で、仏教もキリスト教も日本を「教化」できなかった最大の原因は、この伝統を克服できなかったからではないか、それがもっとも強大な霊的影響ではないか、と思われるほど、特異で、また根強いのが祖先崇拝なのである。それは異教的な影響を残している地域を除いては、欧米や近東の広い地域において、いわゆるキリスト教信者、イスラム教信者、そしてユダヤ教徒たちが、「いかに祖先崇拝をしないか」という事実と比べても明らかであろう。彼らには祖先の前で手を合わせ礼拝するという習慣を遠い昔に捨てたか、そもそも持ち合わせていなかったようにさえ思われる。これについては別の研究が存在しよう。

一方、多神教か一神教かという議論に戻れば、われわれが知るところの「神道」なるものも、国家神道の例を挙げるまでもなく、厳密な意味での《多神教》であると言い切れない部分があろう。そこには少なくとも、ひとつのまとまった体系を持つ「より近代的な宗教」たろうとする政治的動機があり、また後代における歴史の捏造や改訂があり、天皇という名の生ける神による現世支配という構図があり、きわめて一神教的な志向性の強いものでもある。

このあたりの議論を深化するには多くの材料を持たないので、ここでは深入りしないでおこう。以下に、レーウによる論考の一部を掲載して、厳密な研究というものがどういうものであるのか、ということについての想像を働かしていきたいと考えるのである。

 『旧約聖書』の一神教でさえ、神々の数について論じているわけではなく、ほかの諸々の力を無としてしまう神と民との結びつきを強調しているのである。しかし、多神教が首尾一貫して展開されるならば、神と世界とが一つになる(A)という状況が生ずる。「全能」は万人どころか多数の人々にさえも与えられず、「全能」に留まる。多神教は何らかの体系ではなく、聖なる力の独立を維持しようとする宗教のダイナミックな運動である。この運動が失敗に終わると、多神教は汎神論に移行する(B)
 これに反して、一神教はおそよ多神教の論理的展開、一種の学問的ないしは道徳的単純化などというものではない。イスラエル宗教、イスラム教、キリスト教など真性の一神教の特質(エートス)は、ひとえに「誰が神のようでありうるか」ということに存する。[神の]単一性は多様性の否定ではなく、その力の強い意思の熱烈な確認なのである。この意志は人間の生活に深く関与しているので、人間は「汝さえあるならば、私は天にも地にも何も求めない」(「詩編」七三)と言わざるを得ない。だからこそ古代の人々は、キリスト教的な一神教をスタシス、つまり革命とみなした(C)。こうして大きな葛藤が起こり、それによってキリスト教は初めて歴史の上でその場を与えられるに至った。それは諸国の勢力の特殊性を足場とし、しかもそれらを一つの皇帝権力の下に併合した「アウグストゥスの平和」(D)と、他方イエスが宣べ伝え、およそ統一帝国や世俗国家ではなく、むしろ人間が仕えるか憎むかしかできない神の力の現世への出現である神の国との闘い(E)であった。
G・ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』(田丸徳善/大竹みよ子 訳 東京大学出版)「神」(の章) 16 多神教 page 129

enteeによる蛇足注解
(A) 神と世界とが一つになる
「神の世界と人間の地上世界が一つになる」という意味であろう。

(B) 多神教は汎神論に移行する
通常の感覚からすると、順序は逆のような気もするが、レーウ独特の論理があるのだ。

(C) 古代の人々は、キリスト教的な一神教をスタシス、つまり革命とみなした
もっと厳密に言い換えれば、「ローマやその周辺の(ユダヤ教徒でない)非キリスト教信者たちは、キリスト教的な一神教を革命とみなした」というようなことであろう。キリスト教に先行するユダヤ教の信者が、それを革命と見たかどうかは分からない。

(D)「アウグストゥスの平和」
pax Augustusの日本語訳。伝統的にそれはそのまま「pax Romana」に置き換えられるほどの同義語。「pax Romana」が、「紀元前27年〜紀元180年のほぼ200年間続いた、軍事力による領土拡張も最小のレベルであった比較的平和な時代。アウグストゥス帝により打ち立てられた態勢であったため、アウグストゥスの平和と呼ばれることがある」とされている。Pax Romana (Wikipedia)

(E) イエスが宣べ伝え、およそ統一帝国や世俗国家ではなく、むしろ人間が仕えるか憎むかしかできない神の力の現世への出現である神の国との闘い
イエスが望んだと思われる世界が、世俗国家による「神の国」の実現ではなく、超俗の思想であったことを改めて確認している。むしろ、統一帝国などというものの出現は、イエスの理想として世界像とは対立しており、かえって、その人間の組織としての国家と宗教に(そしてその宗団内部にさえ)対立(内紛)の萌芽があった。
11:58:25 - entee - TrackBacks

2009-07-04

図書館から借りた本

山崎正和:アメリカ一極体制をどう受け入れるか(中央公論新社)
アメリカ一極体制

読了:まず自分でお金を出して買うような本ではないが、読んでみた。なるほど「政府の御用学者」と揶揄されるのが理解できるような順米的な「思想」だった。それが現実的な生き残りの手法だと言うならまだ分かる。だが、ブッシュや小泉と一緒になって「テロ戦争」を戦うことを最善の国策だとさえ聞こえるような彼のその主張の根底にある「思想」がどのような根拠によって成り立っているのかは、最後まで分からなかった。テロが憎いというところまでは分かるが、それを防ぐ手法が彼の考えるような方法でいいのかどうかも全く分からなかった。「アメリカ一極体制をどう受け入れるか」ではなくて、「アメリカ一極体制はとにかく受け入れよう」というタイトルにすべきだったのにね。

「社交」というものの存在を、それを最大限に生かして生きて来た人間の経験から話されるのは初めてで、なるほどと思わせるものはあった。(あと、文章力もあり、頭のいい人であることもよく分かったな。)

唯一、面白いと思わせる箇所は、後の方に掲載されていた「近代デザインの来しかたと行く末」という短いエッセイであった。「必要があってデザインの歴史を勉強していたら出逢った」らしいが、海野弘の『モダン・デザイン全史』という本を絶賛している。ジョン・ラスキン、ウィリアム・モリス、グロピウス、タウト、モンドリアン、ロイド・ライト、などに言い及ぶ。ライトの祖先がウェールズ人のドルイド教の血脈を持つとか、グロピウスが小さなフリーメーソン的な結社をつくりたいと願ってバウハウス運動が出来たとか、ライトの妻のオルギヴァンナがグルジェフの弟子であったとか、なかなか興味深い記述が、たった4ページ足らずのエッセイの中に出てくるのだ。

共同通信社憲法取材班(堤秀司・豊田祐基子):
「改憲」の系譜〜9条と日米同盟の現場(新潮社)
改憲

読了:こういう地味な事実の積み重ねによる近代史というのは、実にそれ自体が面白い。いつもながら自分の知らないことの多さに驚かされる。それにしてもここで使われている「日米同盟」という言葉自体が、そんな昔から使われていたものではなくて、ここ十何年という短いスパンで起こりつつある、合州国一辺倒の日本の外交政策の傾向を表すものであり、そもそも安保条約だって「日米同盟」とは呼ばれるものではなかった、というあたりは何度も思い出す必要のあることだろう。

大の大人が、「アメリカとの外交」という直接の付き合いを始めた途端に従順になってしまう歴代の総理大臣の変節を見るにつけ、どんな「実力的な脅し」を彼らが受けて来たのかということに興味が湧く。「東京が火の海になる」というようなことを口でも言って、しかも実行できるのは、案外太平洋の向こうの大親分だけかもしれない。いや、火の海にする実行部隊は半島にいて、それにお墨付きを与えるのが大親分なのか?

森達也:世界が完全に思考停止する前に(角川書店)
思考停止

読了(07.08):彼の文章が読ませるものであるとは言わないが、彼のドキュメンタリーの着想には本当に驚かされる。それが実現するのかどうかは分からないが、「次の被写体は誰ですか」という質問に対して、「今上天皇です」と答えていた、という「今上天皇の内なる葛藤」という章は、自分にとってはとてつもなく新しい情報だった。今の天皇がそんなに悩める天皇であったなどということは、普通にメディアの伝えることからだけでは分からない。しかし、森達也は今上天皇に対して、大いなるシンパシーの眼差しを向けていたのであった。このことは知らなかったぞ。

丸山健二:田舎暮らしに殺されない法(朝日新聞出版)
田舎暮らし

読了(07.10):他の本と併読しながら拾い読みしていたら、終わってしまった。丸山氏自身が、田舎暮らしを実践していて半端じゃないサバイバルをしていることはツレの解説などから分かった。そして、誇張はあるにせよ、田舎暮らしの厳しさがそうした経験から来るものであるのも了解できた。これから「気楽な田舎暮らしをしよう」という人にとっては大きな警鐘となるであろう。しかし、彼の伝えたいことの主旨は「田舎暮らしは大変だ」ということではない。「われわれ文明人は、(田舎暮らし出来るほど)自立していない」ということである。まったくもってその通りだと思う。だが、「自立した人間」というものがどういう人間であるのか、というイメージ提供は最後までないし、日々の9割を庭作りに費やし、のこりの1割で創作(文筆)活動をするという丸山氏自身が、本当に「自立した人間」であるのかも、最後まで分からなかった。とにかくあそこまで断定できるのであれば、相当な人物なのだろうなあ、ということくらいである。

飯沼賢司:八幡神とはなにか(角川選書)
途中

藤原俊六郎:堆肥のつくり方・使い方〜原理から実際まで(農文協)
拾い読み

13:23:58 - entee - TrackBacks

2009-06-10

日本へ贈られた「佐藤優」という恩寵

佐藤優『獄中記』(岩波現代文庫)を読む
(書きかけ)

獄中記表紙

自分の趣味を豊かにしたり世界観の補強をしたりできる、いわゆるタメになる本、あるいは読んでいる間は面白く感じるが、記憶に留まらない本、というのは数多いが、一生の内で本当に影響を受けて折に触れて思い出すだろう本というのは、そう数あるわけではないと思う。この本は、おそらく今後も折々に紐解かれるだろうし、これから読み進むことになるある「特定分野」の本へのアプローチの端緒という位置付けの本として何度も言及されることになるだろうと予期している。

読み終えて、この本に手を伸ばし購入して家に持ち帰った自分の幸運を喜んでいる。

著者の佐藤優(さとうまさる)は、今や週刊誌や新聞に連載を持つような売れっ子「作家」である。今でもそうなのかは分からぬが、肩書きは「起訴休職外務事務官(元主任分析官)」というらしい。「ノンキャリア」(専門職採用)であっても、ロシア駐在もした外務省の情報分析局におけるそれなりのエリートであり、まさに諜報エージェントとして辣腕を振るったことのある人物である。その能力をロシアとの関係正常化に大きく動いていた衆議院議員・鈴木宗男に「買われていた」わけである。

有罪判決を受けた外務官僚の一人であったという理由で、彼を評価の対象外に置こうとする人もいるかもしれない。鈴木宗男が政治家である以上、ロクなもんじゃないと正統に評価することを拒むのと同じ物差しを以て、判断停止をするのである。佐藤優がどんな肩書きや思想的背景を持っていても、結局はいわゆる「体制側の人間」であろうという一点で、肯定的評価を下すことは出来ないと言う人もいた。あるいは彼が政治的すぎるという理由で避けて通ろうとする人もいるに違いない。

自分が佐藤優という人について初めて関心を抱いたのは、彼がまさに検察に逮捕される直前のテレビ映像を通してであった。すでに鈴木宗男の逮捕は時間の問題だった。追い込まれていた彼らの映像のうち、記者にもみくちゃにされてどこかに向かう佐藤氏の姿が映ったとき(今の姿よりもずっとやせていたような記憶があるが)、その顔を見て瞬間的かつ直感的に感じたのは、この男は何らの疚しいことをしていないばかりか、嘘をつく人間には見えなかったことだ。もし彼が政治犯や思想犯としてではなく、「偽計業務妨害」という程度の低い刑事事件として起訴されたというのであれば、彼はおそらく「ハメられた」のであり、マスコミが彼のことを悪く書くのであれば、真相は全くその反対で、彼の未だ聞こえて来ない主張にこそ理があるのではないか、だがいずれその理が証されるのではないか、ということであった。

スタートからして彼に対してある種の共感(エンパシー)があったので、すでに自分は彼についての公平な判定者ではないのかもしれない。(だがそれがどうだというのだろう。)その当時周囲のやかましい声に掻き消されていたのだが、いよいよ東京拘置所から出て来た佐藤氏の「未だ聞こえて来ない主張」を、まさにゆっくり聴かせてもらう時がやって来たのだ。それがこの岩波現代文庫の『獄中記』だった。

チェコのプロテスタント神学者フロマートカ、20世紀最大のプロテスタント神学者カール・バルト、戦時下、治安維持法で特高によって捕まった和田洋一について言及される序文、獄(拘置所)に入ってからすぐに始まる精力的な読書と執筆活動。ヘーゲルとの本格対峙。

学問を志していた神学生が、フロマートカ等のチェコの神学の研究を続けようとして外務省に行くが、そこでロシア担当となって、逮捕起訴されると言う前段のキャリアの端緒を作る。

国家が国策としてポスト冷戦後の外交政策の転換のために排除される道具としての政治家、そして官僚。

だが、「運の悪さ」から逮捕、起訴されて、東京拘置所に512日に渡って拘留される。だがその不条理を彼は「理解」し、受け入れ、そうした陥穽に至った自分という人間の有り様について、深く省察する。

結局、国家権力は、佐藤氏をつまらない犯罪者として裁くことで国策の向かう方向へと国を動かしているつもりで、行なったのは「佐藤優」という手強い論客と思想的作家をひとりこしらえただけだったのだ。反知性的な空気が充満するこのところの日本において、佐藤優を世に送り出したのは、国家のなし得た快挙である。(宗教臭くなるが)ここには世界に神の関与の余地があることに思いを致す何かがあるようにさえ感じるのだ(考えてみれば、佐藤氏自身はプロテスタントのクリスチャンなのだ)。

■■■

参考拙論:米追従外交 vs. 非米多元化外交という対立軸で解明できる鈴木宗男事件
Also Sprach Tatsurustra! 2007-08-30

00:06:53 - entee - TrackBacks

2009-03-12

読書録:J・H・ブルック著『科学と宗教』

読書録:J・H・ブルック著『科学と宗教〜合理的自然観のパラドックス』田中靖夫訳(工作舎)を読む。

Brooke book cover

慧眼な読者は別のことにも気づかれることだろう。ビュフォンの連続する七つの年代と創世記の連続する七日との驚くべきアナロジー。反神学的でありながら、ビュフォンの視点には宗教思想の残映が認められる。彼の批判は科学と宗教が通約不能であるとする点で正鵠を突いていたが、相同性を利用したのはビュフォンの方なのである。

これは、何となく面白いと思ったので(と、言うより、今に重要な意味合いをもつことになりそうな根拠無き直感を得たので)引用しておいた。別段、ここでこの記述について論じようなどというわけではない。

さて、前回取り上げた『中世の覚醒』が12世紀以降の2,3百年の間に生じたアリストテレス哲学の自然観とキリスト教の宗教観の間の緊張感を描いた労作だとしたら、これは、科学と宗教が互いに対立・否定し合って発展したのではなくて、実はそれぞれが「互恵的」な関係の中で、つまり「たがいに助け合って発展した」のだという、一見驚くべき西欧の精神史をさらに長いスパンで追いかけた書物であると言えるだろう。

文章自体は訳文の若干の癖に加えて、内容の難しさも相まってなかなか頭に入って来ないところがあって読み進むのが難しかったが、『中世の覚醒』を読んだ頭で読んでいるので、科学と「人間の組織としての宗教」が互恵的であったということが、多くの証拠に基づいて論証されたのはよく分かった。内容的には実に価値が高いのだ。

こういう比較は得てして意味をなさないものと知りつつ言うなら、こうした歴史についての論述に対して、単なる興味以上の意味を見出そうとして取り上げるなら『中世の覚醒』は、非常にお薦めなのである。ひとつは、中世の覚醒の著者が、現代社会の問題なども考える思想家/活動家であるために行間に滲み出て来るうったえがある点で、こうした考察が現代社会の在り方を考える契機になるというのがよく伝わって来るからである。一方、この『科学と宗教』の方は、純粋に学術的なもので、ある種の学術的論争に対する備えとして厳密な議論を目指したという感じがある。

だが、こうした比較はやはりナンセンスであって、互いに持たないものを備えている点で、やはり「互恵的」なものなのである。

ニュートンに関する記述:

ケンブリッジ時代のある危機的な時期、彼は聖職の管理者から命じられた道義的な要求を甘受しなければならなかった。トリニティのフェローの地位を維持するためには、慣例に従い、聖職に就くより他になかったのである。それは国教会の定める三九か条に宣誓することを意味したが、彼の良心はそれを許さなかった。キリストが神聖を持ち、父とともに永遠であるという教義をすでに拒否していたからだ。(page 152「機械論的な宇宙における神の活動」より)


この苦悩というのは今を生きるわれわれの苦悩に似ている。

空間は、すべてを知って感じとる神、その下僕が叛くときを知っている神、彼自身が教会で林檎をつまみ食いしたり、安息日にネズミ捕りをこしらえたり、ケンブリッジ時代のルームメートにシラミのことで嘘をついたりしたこと、そのすべてを知っている神で満ちている、とニュートンは考えた。神の存在に関する強迫的な感覚は、彼が遺児であったことに由来すると心理学的には分析されてきた。俗界の父親を知らずに育った彼は、あらゆる絶対性が賦与された代替物を天上に見つけた、というのである。(page 153「機械論的な宇宙における神の活動」より)


ニュートンが遺児であったことは、初めて耳目にすることであった。基本的に自分は心理分析というものに信頼を置かないが、この記述にはある個人的な理由で関心を抱かざるを得ない。備忘録としてここに書く。

フランスの後世の世俗学者からすれば、ニュートンの宗教心は、要するに病気とされた。今日でも、古典力学の基礎を築いたほどの人物が、聖書の預言や宗教的な錬金術に凝っていたことは驚きの的になっている。歴史研究においても、特異体質でないとすれば前時代的としか言いようのない偏見を彼が持っていたのは事実である。例えば、異教の文明がユダヤ文明に先行したなどとは到底考えたくなかった彼は、ギリシア、ラテン、エジプト、ペルシアの年代記作者たちが「その初代の王たちを事実よりも少し古めかしている」と論じた。しかし、ニュートンは支離滅裂だったわけではない。彼の科学の特徴とされる合理主義は、聖書研究において欠如したどころか十分に発揮された。自然を解釈する規則を設定したのと同じ精神で聖書を正しく解釈しようとしたのである。崇高なる自負を持っていた彼は、確実な真理に到達することにより、自然哲学と聖書解釈の双方において、議論の余地をなくそうとした。(page 166「機械論的な宇宙における神の活動」より)


一八世紀はじめのイングランドにおける政治状況は、フランスと対照的(ママ)である。1689年の寛容令のもとで、国教会の三十九信仰箇条への署名などの条件を満たしさえすれば非国教徒にも宗教の自由を保証したからである。それでも不満の余地がなかったわけではない。非国教徒は宣誓令と地方自治体法によって教職に就くことが禁じられていた点で依然差別されていた。さらに急進的な非国教徒であるソッツィーニ教徒(キリストの神性を否定する)などは、良心ゆえに三九信仰箇条に署名できなかった。また、反プロテスタント勢力まで寛容政策を広げるのは、ローマ・カトリック教徒や無心論者をのさばらせるとして忌避された。(page 185「啓蒙時代の科学と宗教」より)


この「三九信仰箇条」について現在ネットで内容が読める。

英国国教会・三十九信仰箇条
英国国教会公式サイトに掲げられる「三十九信仰箇条:Thirty-Nine Articles of Faith」

他ならぬローマ・カトリックに対抗する英国国教会の宣誓文が「39か条」であったことについては、その象徴的な意味合いに思いを馳せないでいることはできない。

チャールズ・ダーウィンは、自らの生命観には壮大さがあると宣言して『種の起原』(1859)を締め括った。生命の力がいくつか、あるいはたったひとつの形態に「吹き込まれた」単純な始まりから、この上なく美しく、驚くべき生命体が進化してきたと。旧約聖書の喩えを用いたことや、「創造主によって物質に刻印された法則」に言及したことから、彼の結論に聖書風の宗教さながらの意義や価値観を読み取ることは可能である。彼の私信によると、そんなつもりはなかったらしい。植物学者のJ・D・フッカーに打ち明けたところでは、「何らかの道のプロセスによって出現した」ことの表現として、想像に関する聖書の言い回しを使って一般大衆に媚びたことをずっと後悔していたという。(page 300「進化論と宗教的信念」より)




23:33:05 - entee - TrackBacks