entee memo
課題が見出される庭園 - Annex:祖型と反復、宗教と象徴、神話と図像
――「あらゆる手立てを尽くして正否を明らかにしなければならないほどに
例外的に重要な論件」としてのエゾテリスム釈義

2011-08-16

entee memo II の事故について

entee memo IIの題で運営していたblogが思いがけない重大な事故のため、すべてのデータが失われました。結果として、entee memo II ( entee.archivelago.com )にて2010年4月以降に書かれた新しい記事のデータが喪失しております。回復には時間が掛かり、また完全な回復は不可能と思われます。コメントを残して下さった方には本当に申し訳ございませんが、一刻も早い復旧に努力したいと思います。

entee
10:21:31 - entee - TrackBacks

2010-04-28

entee memo の引っ越し

突然ですが、entee memoのURLが変わります。

旧URL
http://blog.archivelago.com/

新URL
http://entee.archivelago.com/

これはサーバーのホスティングサービスを切り替えたために起こります。母屋の《課題が見出される庭園》は、ドメインそのままで新しいサーバーに移植できましたので、大きな問題はありませんでしたが、しばらく二つのblogを同時共存させるため、entee memoは新しいURLで始めることにします。これまでの主要なコンテンツは、ほぼ無傷で移植できていますが、見た目がずいぶん変わりましたので、その点、ご了解ください。

これまでと同様のご支援と購読を宜しくお願い致します。
12:59:00 - entee - TrackBacks

2008-05-16

携帯メールの恐怖

インターネット経由の携帯メールが当たり前になって、しかもパソコンのメールとも「乗り入れ」ができるようになったことは便利なことだと言うべきなのかもしれない。だが同時に、時も場所も選ばずに「メール着信」を告げるベルが鳴り響く携帯メールの「便利さ」は、便利を通り越してむしろストレスを感じることが多い。そもそもリアルタイムにその着信を知らせるという機能は「メール」にあるべき機能なのか?(それを便利と思う人がいるのはもちろん分かるが。)

私事を言うなら、一昨年前に親父が亡くなる頃、夜のメールや電話の着信は病院や兄弟からの連絡ではないかと思い、鳴るたびに心臓がドキドキしたもので、それ以来、夜のメール着信音にはトラウマが起こって、臆病なくらい神経質になってしまった。今でも鳴るたびにドキドキするようになってしまったのだ。「だったらまったく音がしないように設定すれば良いじゃないか」と言うかもしれないが、それでは本当に必要なメールの着信を逃してしまうのである。したがって携帯メールの使用というのは選択的に使うに限るのだ。

そもそもEメールはファックスにも似て、「送信者が好きな時に送ることができて、受信者の都合の良い時に読むことができる」ことが第一の利点であったはずだ。その場ですぐに読んだり、返答をしたりしなければなければならないようなメッセージには、面倒くさいメールなど打たずに電話をすればいいのである。そして、それが時間的に連絡を受ける相手側にとって迷惑でない時間かどうか、という自制心が掛かるのが本来の電話のマナーである。メールが「リアルタイムの通信」に近くなるほど、時と場所を選ばないその通信手段は、相手の状況を考えない暴力にもなる。一斉連絡メールを深夜に書くのは勝手だが、そのメーリングリストに携帯メールのアドレスが含まれているなら、「送る時間」を考えなければ、見たくもないDMメールによって寝入り端を叩き起こされる「受信被害者」が出る。

もし、書くひとが深夜だろうが何だろうが、書きたい時に心置きなくメールを書き、送信することを可能にしたいなら、そのメールによって、不用意に受信者が睡眠から叩き起こされるようなことのないようにすべきなのだ。

だから自分は緊急事以外は携帯にメールを送らないように友人には伝えてあるのである。だいたい書きにくく読みにくい携帯では、リアルタイムで届いたところですぐに返信できないのである。私からまともな返信を期待するなら、PCにメールを送ってくれる方が絶対確実なのである。
18:06:00 - entee - TrackBacks

2007-10-28

「Sim 駅前留学」で遊べ

NOVA記事

■NOVA増資、株価操作で逮捕の仕手筋に頼る(読売新聞 - 10月27日 14:42)

英会話ビジネスで破綻の憂き目を観た会社はNOVAが最初ではないと記憶する。ラド、ABC、NCB、などなど。だが、考えてみれば、町の弱小な英会話学校はともかくとして、「成長する英会話学校」なるものは、すべて倒産の危険を孕んでいると考えるべきではないのか? だって、「成長」しているんだよ。成長すれば、無限大に成長はできないんだから、どこかで何かが起こる。

英会話教室というものは、そもそもその本性からして、合理化が難しい分野だ。生徒何人かに対して、必ずひとりの先生が必要で、少数の先生で一気にたくさんの生徒を教えるというようなマス授業でも開発しない限り、合理化は難しい。だがそれは少数で丁寧に教えますという方針にも矛盾し、そもそも採用できない方向性だ。ということはどういう事かと言えば、生徒を沢山抱えるなら先生も沢山抱えなければならず、企業として規模を大きくするということ自体が、人件費の比例的な増強なしには行えない。「一発当てる系」のビジネスとは、一度これというような「金型」を作って、それによってできる製品が一発当てたら、その金型を使ってパカパカとたい焼きを焼くように短期間にどんどん量産できるようなものでもない限りそもそも無理なのだ。つまり、ソフトの開発とそのソフトの量産というのがひとつの条件だ。無人化を進めることのできる過程を含む製造業、一部の出版業、そして極々一部のメジャー音楽産業にはそうした「一発当てる」可能性がある。だが、教育産業が一発当てて成長するというようなことは、その教育という無人化の採用がそもそも構造的に不可能なビジネスにはあり得ないのだ。これはちょっと考えれば分かることだが、仕事というものを理解する基本だ。英会話学校のようなものは、ひとつひとつ手作りをしていくしかないデザイン工房の様なものだ。

だがどうしてNOVAのような「急成長」という異常事態がこの産業の中で時折起こるのか、それを考えるのが重要である。一言で言ってしまえば、イメージ戦略が「一発当たる」というケースだ。どれだけ資金をつぎ込んだか分からないが、ピンクのNOVAうさぎを使った同社がテレビCMその他のメディアを通して相当に露出されたことは誰もが知るところだろう。人々はそのイメージで企業が大きくて先端的で頼りになるだろうことを刷り込まれる。広告代理店はこうしたイメージ戦略を打ち立てて、払われたお金に応じて企業を有名にする。だが、イメージがダウンしてきた時の現状維持のためのお手伝いまでは面倒を見ない。イメージが悪くなったのは企業の「自己責任」だから失敗は企業の責任だ、というわけだ。

したがって、一気に成長してあちこちに支店を開くような「英会話学校」は、突然資金繰りが悪くなって「倒産」というようなリスクをすべて持っていると考えるべきだ。これは単にNOVAの社長や経営者に問題があった(あっただろうけど)というようなだけの話ではない。イメージ戦略という幻想によってそれを支持し、ダメと分かったらさっさと撤収しようとする、利用者、教師、出資者、のすべての合作なのだ。株式市場と似た様なものだ。

昔、「Sim City」という秀逸な都市計画ソフトがあったが、ぜひ「Sim 駅前留学」というのを出して欲しい。成長する英会話学校の教室をどれだけの間、駅前の一等地に建て続けることができるかというモノポリーを競うゲームだ。駅の数や習いたい生徒数はだいたい決まっているので、ある程度まで成長したら必ず破綻の兆しが見え始め、大体早晩には倒産する。

駅前に一つ学校を建てるところから始める。日本に遊びにきている外国人を安く雇い、プログラムを決め、価格を設定し、人気が出れば別の学校を建てる。イメージ戦略が必要なら広告代理店に幾ばくかの資金を投入する。一気に生徒数が増えるので、人員と学校を増やさなければならない。さまざまな付加価値的なプログラムを開発して、遠隔地教育にまで手を出す。長くゲームをやればやるほど、どんどん難しくなってきて倒産回避は困難になる。それをどうにかしてやりくりをして、一日でも長く経営し続けることができれば勝ち、というシミュレーションゲームだ。

それほどかように、「成長する学校」の経営は難しいということをこのゲームはわれわれに実感させてくれるだろう。なにしろ、スポーツジムみたいにお金を払っただけで来なくなる生徒数まで計算に入れて適正な教室数を考えているのに、倒産するとなると、来なかった生徒までワラワラと全員戻ってきて払い戻しを請求するんだから怖いよな。

[話は変わるが、姓名判断的にもNOVAは拙いよな。No VAだよ。VAに「No」と言ってはいけない。逆さにしてAVONはどうだろう? え? そういう名前の会社がある?]

12:19:44 - entee - TrackBacks

2007-06-01

実験

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17:49:00 - entee - TrackBacks