entee memo
課題が見出される庭園 - Annex:祖型と反復、宗教と象徴、神話と図像
――「あらゆる手立てを尽くして正否を明らかにしなければならないほどに
例外的に重要な論件」としてのエゾテリスム釈義

2007-11-10

《実在する神》への付言(試訳)再び

13:09:24 - entee - TrackBacks

2007-08-16

《実在する神》への付言(試訳)

星雲
「ヘルメス・クァトロスメギストゥス(四倍に偉大なヘルメス)」との威名を持つ予言者によると言われる、古メリシア語で書かれた、ある神学論的断章の刻まれた金属プレート──おそらく備忘録と想像される──が、人類による文明活動が認められる最も古い地層よりさらに古い地層からほぼ無傷で発見された。このような地層から金属プレートが見つかること自体が歴史概観そのものを見直さなければならないほどの異常なスキャンダルであったが、それにも加え見つかった文書の内容が読み解かれたことが更なる衝撃であった。そしてその内容自体が一考に値するものであることはいくら強調してもし過ぎることはあるまい。これは今や周囲にひどい塩害をもたらしつつある悪名高き塩湖たる紅海のほとりから偶然見つかった「ザラスシュトラの約束」を含む前世紀の考古学上の大発見、いわゆる「紅海文書」の重要さを越えるのではないかと言われるほどの意味を持った発見である。それはわれわれが忘れつつある《神の実在》についての、これ以上にない明解な回答を含むのもであったので、ここに採録する。(G.B.C.)

(引用開始)

神はいるのか、という問いに対して、私はためらいなく「いる」と答えるだろう。

だが、全知全能をその定義とする神ならば、「実在する神はそのようなものではないだろう」と言う以外にない。《実在の神》はそのような種類の神であろう。だから、《実在の神》は、人類の多くが信じようとしている類の神よりも、はるかに無慈悲である。いや、慈悲の対象であることさえも忘れ去っているのが、《実在の神》なのである。それでは「神は不在である」とか「神は死んだ」と宣言するのと変わらないではないかと誰かは言うかもしれない。その言葉は、かつての世界において、「失われた神への信仰」の最終局面でニケ(ナイキ?)*によって声高に宣言された言葉だが、神は不在でもなければ死んでもいない。宇宙史的な時間の中で、億千万年の昔に死んだことはあるかもしれないが、われわれの神は実在する。なによりもわれわれが生きていることがその証しである。(略)

[訳注* 正確な発音は不明。一般に神話上の「有翼の女神」ともいわれるが、太古の時代に実在したある神学者で、男性であったという説もある。]

問題は、神の性質ということに尽きよう。



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2007-07-31

《宗教学》が、信仰から分けられる必然

これは、筆者自らの内部に生じている宗教や宗教現象についての、永久に葛藤する考察を二者の対話の体裁をとって表現した「宗教学者と宗教家(信仰者)の対話」というシリーズへの補遺である。




言ってみれば、大なり小なり熱心な宗教の研究家というのは、単に行き当たりばったりに個々の宗教関連事象を対象化したり、研究成果たる関連書籍を渉猟したりしているのではなくて、往々にして宗教的事象を「文脈:コンテクスト」として捉えられるほどのまとまった量で対象化するものであるし、そうした横断的な研究がもたらす宗教についての概括的様相には、個々の宗教的事象から単独で得られる発見や体験の質自体の重要性と同等か、もしくはそれ以上に興味深いことがある。少なくともそのことを知っているということなのだ。そして宗教史家が宗教史家であり、宗教学者が宗教学者である理由というのは、こうした歴史的文脈で「宗教の遷移を理解する」ことができるような歴史鳥瞰的な眼を獲得したということに外ならない。だがもちろんこれは専門的な宗教研究家だけの特権ではなく、あらゆる信仰者や宗教家が持っていても「損はない」ひとつの視点ではある。そこまでは便宜上、認めても良いだろう。(もちろん、信仰者が自分の信仰の対象たる神を相対化するなどということは百害あって一利無しだと言われそうなことであるが、20世紀に書かれた神学者による記述を読んでいると必ずしもそうではないことがすぐに諒解されようし、少しでも思弁的傾向のある宗教者なら、他の宗教に対する一通りの関心は抱いているものであって、信仰者でありながら、相対化の第一歩は踏み出しているものなのである。)

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2007-07-13

宗教学者と宗教家(信仰者)の対話 #01

あるいは
「宗教と信仰に関する交差しがたい平行的関係について」


●:宗教学者/宗教史家
○:信仰者/宗教家

●どのような結果をもたらすものであるにせよ、宗教を正面から捉え、その重要性をわれわれほどに認識しているグループもあるまい。宗教について語らせるなら信仰者による特定の宗教や教団の弁護やの勧誘の言葉ではなく、われわれ宗教学者、宗教史家の言葉にこそ耳を傾けるべきである。

○「宗教の中身」とは、信仰そのもの、そして信仰生活のなかにある。したがって、あなたがた宗教学者たちが宗教を扱うようにそれを「研究」することによっては、その内実を明らかにすることは一向にできないだろう。問題は、そこに信仰があるかどうかなのだ。信仰が宗教的問題のすべてなのだ。「重要なのは信仰なのだ」。

●なるほど。いかにも信仰者が言いそうな予想通りの言葉だ。信仰がわれわれの扱う範囲を超えているのは確かかもしれない。然様、われわれは対象化できるものを研究の主題としているのであって、当面はあなたがたの心の問題や内的体験にまで立ち入る気はない。人間社会における宗教というものの占める領域、社会的影響力、すなわち知覚可能な世界における宗教の果たしてきた役割やその影響を調べ、それを言語化するのがわれわれの第一義の仕事なのだから。

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2007-04-29

エリアーデ「世界宗教史」通読メモ

パウロの「転向」... と題しておこう、とりあえず。

222 異邦人のための使徒

彼(パウロ)は福音のメッセージを、ヘレニズム世界になじみのある宗教言語に翻訳する必要があることに気付いていた(略)。(中略)肉体の復活というユダヤ人の大多数が抱いていた信仰は、もっぱら霊魂の不死に関心を持っていたギリシア人には無意味なものに思えた同様に理解がむずかしかったのは、終末における世界の更新に対する期待であるギリシア人はこれとは対照的に、物質から自己を解放するために、より確かな方策を探求していたのである。(略)彼はヘレニズム世界に深入りするにつれて、終末への待望を次第に語らなくなっていく。また、かなり重要な革新がみられる。パウロは、ヘレニズムの宗教的語彙(グノーシス、ミステリオン、ソフィア、キリオス、ソーテール)を使用しただけでなく、ユダヤ教や原始キリスト教に知られていなかった観念を採用している。例えば聖パウロは、グノーシス派に根本的な考え方である、(中略)二元論を取り入れたのである。p. 371-372


エリアーデのこの辺りの記述は驚くべきことで満ちている。パウロがそもそも「転向のユダヤ人」であったことはすでに知られたことであったが、一体何に対して転向したのか、というのが私の中では明らかではなかった。漠然と「ユダヤ教ならぬもの」に傾斜した結果がキリスト教である、というような理解である。

彼はその当時もっとも絢爛たる文化的影響力を持っていたギリシア主義(ヘレニズム)に転向していたのだ、実は。しかもそのヘレニズムはすでに東洋世界(オリエント)と出会った後の、それだったのだ。ヘレニズム的二元論や霊魂の不死の思想は、おそらくそのリソースを辿れば、「ヘルメス文書」などの古代エジプトの時代まで遡れる。だが、物質から自己の解放(輪廻から脱出)をする方法というのは、第一きわめてアジア的である。[西洋世界はキリスト教の成立より早い時点で仏教と出会っている可能性がある。]

また、キリスト教の内部における、その成立時期からあった異端と正統の二勢力の対立というのは、ことによるとキリスト教を産み出すことになったまさに「父」と「母」の対立自体にまで遡れることなのかもしれない。キリスト教の「父」と「母」とはすなわち、ユダヤ(セム族)の宗教的伝統と、ギリシア(ヘレニズム)の近代主義である。延々と続くキリスト教団内部の血で血を洗う政争/神学論争と弾圧は、良く知られたように、ひとつには二元論をめぐる争いと言える。そして正統派が排除しようとしたのは、どうやらパウロが最初に採用していたヘレニズム的な要素であったようにも思えてくる。そうだとすれば、正統派教会がしたのは、そうした国際主義的・ヘレニズム的キリスト教をユダヤ的伝統の世界に引き戻そうという反動だったのかもしれない。

そう考えると、キリスト教は、その「分裂」(スキズム)以前に語らなければならないことがあったことになる。それは異なる文化の「融合」としてのキリスト教という側面である。

「復活のセオリー」の復古や、二元論的カタリ派への弾圧というのは、そのように考えれば納得できるところではある。もちろんこれはまだ憶測の領域を出ないメモの段階であるのだが。


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