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桜の樹の下のバサラつぎ

10/13(土曜日)19:00頃から。

【以下敬称略】狛江の泉龍寺境内で行われる野口祥子(のぐちさちこ)の主宰するひめしゃら塾の舞踏公演(と呼んでよいものか...)の第二回なるものに友人の誘いもあり、行ってみた。夜の冷気も迫り肌寒くなりつつある境内に優に二百人は超える観客が徐々に集まった。

全体の印象としては薪神楽や薪能に通じるようなものだが、文字通り天井がなく桜の木下に設えられた特設の野外舞台を中心に創られるパフォーマンスというものは、そうしたものとはまた異質の非日常空間を生成しつつあり、それはまさに幽玄を絵に書いたようなものだった。

泉龍寺の桜の木は実に立派で、それ自体が鑑賞に値するものだが、天然の木をそのまま舞台装置の一つとして取り込み、また背景に位置する鐘楼は、前方で静々と進む静的な舞踊とコントラストをなす動的な舞踏の第二のステージ(関係は逆になることもある)とも言うべきもので、前後の関係にあるこの二つの舞台は、それ自体でもこの場所ならではの特有の遠近法を創り出すのであった。

Vasara1
公演が始まる前の“舞台”全景。右手に見えるのはシタールとドラム奏者の演奏場所。注連飾りのようなものを締められた中央の桜を囲むような形で舞台が造作されている。

Vasara2
神巫(かむなぎ)の様な装束と仮面で現れた野口祥子の踊り。着物姿で左端に見えているのは、後に舞台に登って踊ることになる二胡奏者の向井千恵。

Vasara3
右端に見えているのはシタール奏者の鹿島信治。鐘楼の上でも若干の演出的な「動き」が...

Vasara4
野口祥子を除くとひめしゃら塾の舞踏家は6人(向井千恵を含む)。そのうちの3名。衣装は次々に変わっていく。

Vasara5
基本的に仮面を付けて登場し、それは外され、舞台装置の特定の場所に置き去られる。それは他の登場人物によって再発見され、また盗用される。パントマイムの様でもあり、劇の様でもあり、舞踏の様でもあり、そしてまたそのどれでもないようでもある。

そして最もこれらに相応しい呼び名は「神楽」であろう。だがそれは神社や民間に伝わる、例えば鍛冶術に関する神話(どうやって刀が造れるようになったか、などの)の伝承などの目的はなく、独創的かつ現代的なものだ。また心理学的な解釈を施す誘惑を感じてしまう類のものである。



posted at 23:50:00 on 2007-10-13 by entee - Category: Concert Memoir TrackBacks

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