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“ヴィーナスの丘”と褥の皺と [4]

Madeleine mold

ラテン語名、Venus/Uenus ヴィーナス/ウェヌスが、現在のように「太陽系における太陽から2番目の惑星」の意味で使われるようになるのは、文献的には1290年のこととらしい*。すなわち、文献学的には「ヴィーナス即ち(日本語の)金星」というのは、千年を遡ることができないことになる。

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だが「ヴィーナス」以前に、金星が「性愛の女神」やそれに準ずる意味の神話上の登場者の名称で呼ばれるようになる例としては、ギリシア時代の「アフロディーテ Aphrodite」を忘れるわけにはいかないし、古代メソポタミアのアッカド語の「イシュタル/イシュター Ishtar」、またシュメール語の「イナンナ Inanna」というのが先行する。そしてそれらのどれもが「明けの明星」や「宵の明星」(要するに「太陽系の第二惑星」)の意味でも使われているのである。このように考えると、ラテン語においてウェヌス(ヴィーナス)の名で伝えられるもの──「性愛の女神」と「第二惑星」の両方の意味を持つ名称──の歴史は、少なくともわれわれの歴史時代の最古層にまで容易に遡ることができると言うことができよう。



ラテン語においてウェヌス(ヴィーナス)の名で伝えられる女神は、ギリシアやシュメールにおける女神に関する神話と内容的にもきわめて似ており、それらが同一の神を指しているのだという断定や思い込みの固定化が起こるほどに、同質の役割を担わされている。特にヴィーナスとアフロディーテに関してはそれが著しい。「全く同一の女神に与えられた別の名称である」と広く理解されているのが、まさにそのことである。

ウェヌス/ヴィーナスが「金星」の意味で使われた例として、初めて文献に現れた1290年からちょうど百年後の1390年に、「宵の明星 evening star」の意味で「vesper」という単語が文献に現れ始める*。その後「ヴェスパー」という単語は、どうやら「その星が観られる時間」という理由から「夕方」という特定の時間の意味へと転じている。またキリスト教の夕拝(夕方の礼拝)の儀式のことや、その音楽のことが「Vesper」(晩課/晩祷/夕べの祈り)と呼ばれるようになる。

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語源的にはそれが「宵の明星」「西に出る星」という意味しか持たない以上、ヴェスパーという言葉の登場は、キリスト教にとっての異教神話、しかもその中でも「性愛の神」とされている、ウェヌス/ヴィーナスについての汚らわしい連想を伴う名前からの「切り離し」の試みであったようにも思えてくる。これは欧州の各地で巻き起こってくるルネサンスと異教の伝統の復興が間近に迫っていたことを考えると、あながち間違った推理ではないかもしれない。いずれにせよ、今となっては主に「晩課/晩祷/夕べの祈り」の意味で使われている「ヴェスパー Vesper」が、惑星としての「金星」を表すものだったことが思い出される方が少ないだろう。

これはさしずめ天王星が「第七番惑星」として1781年に発見され、それがほぼ全世界で「ウラヌス Uranus」(天王星)と呼ばれるように定着するのに約五十年掛かっていることを考慮すると、「ウラヌス」の名前が第七番惑星の意味で使われるようになったのが1827年頃。文献学的には「ウラヌス即ち(日本語の)天王星」というのは、僅か180年ほどしか経っていないという事情に等しい。



さて、本論の最終的な落としどころについには向かわねばならない。

1994年10月、金星探査機のマゼランは、そのミッションの終わり近くになって、満を持したように金星の最標高地点(最高峰)の映像を送ってきた。この出来事を地球に譬えるなら、地球上の最も標高の高い地点、チョモランマ(エヴェレスト)の頂上付近の映像が「よそ」から送られた探査衛星のカメラによって捉えられた、というようなことかもしれない。

どんな惑星であっても地球型惑星であれば、最標高地点というのはどこかに存在する。したがって、こうした地点は常に「変わらぬ目印」としては有効である。もちろん地質学的な時間スケールでの話での普遍性を言っているのではない。ほんの1、2万年のスケールならばその「最高峰」としての地位は容易に変わることはあるまいと言うことだ。

例えば二人の人が平原の散策に出かけ途中で別行動を採った際に、それぞれが道に迷ったとしても、「いついつまでにこの辺で一番高い丘で必ず落ち合おう」とさえ約束していれば、この二人は再会・合流することができるだろう。そのような普遍的に特別な意味を持つのが、目印としての高台(丘)である。仮に地球外の知的生命が、地球のどこかに明らかな目印を残そうとするなら、あるいはもう一度間違いなく同じ場所に戻ってこようとするなら、それはチョモランマの頂上かもしれない。これはひとつの可能な答えのひとつではあろう。目印としての目的がなくても、そのような「最標高地点」にはなんらかの観測の価値があると考えたとしても不思議はない。

Highest peak of Venus
金星の最高峰画像(クリックして拡大)

NASAが発表した「金星の最高峰」のカラー画像は日本の代表的新聞にも掲載された(上の図版を今一度ご覧頂きたい)。その「衝撃的な内容」を思えば、それなりに話題になった筈ではないかと想像されるのだが、一向にそのような話を見聞きすることは自分の周囲においてなかった。ほどなくして忘れ去られたようだか、驚くべきはこの特定の画像がネット上でさえ検索しても現在は見つけるのが困難になってしまったことである。新聞の縮刷版を当たれば同様の映像を見つけることはできるだろう。他の金星の画像がこれほど多くネット上で検索可能である一方で、この特定の画像が簡単にアクセスできないという状況は不可解である。NASA発表のこの写真自体がある種の悪戯だったのではないかとさえ思えてしまうほどである。

件の映像には戦慄すべきあるパターンが見出されたのであった。

それは地球上のいかなる地形とも似ていない「よその世界」の画像であるが、その画像をご覧頂いた人にとっては、その波形のフォームが「帆立貝の貝殻のパターン」を強く連想させるものだということは一目瞭然であろう。

ヴィーナスと貝殻がひとつのセットとして伝承されてきたことのその的確さは、マドレーヌ菓子の鋳型との比較によっても明らかであろう。

ここで筆者のひとつのイタズラがこのシリーズのどんな文章よりも雄弁に、そのことの意味の共有を可能にしてくれるだろうことを祈りつつ筆を置こう。

Venus on Venus (hill)
“ヴィーナスの丘”に立つヴィーナス

[続く](次回で最終回)

[1] Madeleine Cake Pannikin (Mold) @ Alibaba.com


posted at 17:20:00 on 2007-07-28 by entee - Category: Venus on Venus TrackBacks

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