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“伝統”数秘学批判
──「公然と隠された数」と周回する数的祖型図像 [19]
“5”の時代〜「元型的木曜日」#5

St John Divine Cathedral
ニューヨーク市122丁目のアムステルダム通りにある世界最大級の大聖堂──聖ヨハネ教会カテドラル St. John the Divine Cathedral(監督派教会系 Episcopal Church / 英国国教会系 Anglican Church)の中にかつてあった同カテドラルの設計の基本モチーフ。いくつもの五芒星が設計上の隠れた神髄 (quintessence) となっていることを証している。キャンバス自体を五角形にしていることも興味深い。

■ “五芒星国家アメリカ”

アメリカの独立以降出てきた五芒星は、“5”の時代の黎明を告げる明けの明星であったのだが、この五芒星もアメリカの独立の宣言と同時に歴史に登場したわけではない??それは18世紀後半まで待たなければならない。独立記念日の1776年7月4日から遅れること1年弱(11ヶ月と10日)、1777年6月14日、ようやく初代の星条旗が発表される。そこには独立した植民州を表す13の星が縁取られることになるのだが、興味深いことに、その際の星の形状は六芒星であった。なぜなら合州国国旗の「青地に白星」の「星」が何芒星でなければならないかということまではその時点でルールとして定められていなかったというのがひとつはある。

参考図版:History of the Stars and Stripes (U.S.)

とは言え、ここには独立州を表す13と、六芒星によって表される「数性6」のあいだに関連性が伺われ、その意味については論じられるべき内容を持つのであるが、「数性5」との関わりが薄いのでここでは詳述しない。こうした時代性を無視したかに見える数的象徴図像のいわば「錯誤的使用」は、アメリカ史においては後にも何度か観察されるのであるが、それがあたかも「何かの間違い」であったかのように錯誤として認知され、すぐに訂正されたかにも見える。こうした例外的な国旗の意匠が一般から忘れ去られることも、象徴図像のひとつの範型的な働きなのである。(ここで一度断っておけば、この種の「錯誤」と「修正」は、合州国の南北戦争 The Civic War の時にも繰り返される。)

実際興味深いことに、五芒星のモチーフが合州国国旗として正式に定められる1780年には、彼らが実際に用いる国旗の幾つかにようやく五芒星が見られるようになり、それが最終的な決定となっていく。しかるに1800年代の初頭は、まだ作成するのが容易*な八芒星がむしろ一般的であったこともある。ここにも一見して象徴図像の錯誤的使用が見出されるのだが、その“八芒星”星条旗も、イギリス軍の敗北が確定化した(1781年秋)後、ようやく2年経ってパリ講和条約の締結があったという経過もあり、合州国がひとつの連邦国家として認められるまで、砦や戦場のある特定の建物に掲げられる以外は正式に使われることがなかった。したがってこの「八芒星国旗」が国際的に知られることは滅多になかったのである。
[錯誤の六芒星の星条旗については、星の並べ方に重要な暗示があるため、「数性6」のセクションで詳述することになる。]

* 八芒星の作成が容易なのは、単純な90度と45度の角度からだけで成り立つために高度に洗練された道具なしでも再現可能な幾何学パターンであるためとも言える。それが容易であったことは、布地類を利用して表現された星形図像の最も古い形態であることからも正しいと言えそうである。その最も容易に星形を表現ならしめるものが、意味的にも「数性8」であるということは、仮にそれが偶然だとしても極めて興味深い暗合であると言わなければならないだろう。

このように一瞬出現しては消えるというアメリカ独立最初期の国旗に見られるある種の「事故」は、ある程度理解可能なことである。例えば独立戦争中、星条旗に先立って使用された「抵抗州旗」に、“Don't tread on me”というものがある。そこには世界史更新後に「原初の蛇」が現れてくるように、この独立戦争というエポックがひとつのエイオンの終末と再生を意味していると当時の象徴主義の通暁者が理解していた可能性があるからである。
DON'T TREAD ON ME FLAG  with stripes

そのように考えた時、欧州中心的なひとつの世界が終末(周末)を迎え、新しい世界の再生がこの新天地を中心に起こるのだと、当時のひとびとが「解釈」したとしても、それは諒解可能なことだからである。同様に、この「再生」や「復活」の意味合いを含んだ、国家成立の最初期において「8の数性」を保持した星形が選択されたということも、全く理解可能なことである([4] “1”の時代(“8”の時代)〜「元型的日曜日」を参照のこと)。


■ 世界最大の大聖堂と五芒星

現在さらに建設が進行中であるニューヨークの聖ヨハネ教会大聖堂が、キリスト教最大の教会でありながら、教会正面の扉、飾り窓、尖塔などの位置や形が多数の五芒星によって支配されている、という驚くべき事実がある。教会建築のデザインを決める基本モチーフが「十字架」や「三位一体を象徴する図形」であったりするということは、よくあることだが、他ならぬ五芒星が「教会」全体の隠れたモチーフになっているというのは注目に値する。合州国内のみならず、全世界で最大規模とも言われる教会の大聖堂が五芒星をモチーフとしており、しかもそれが他ならぬアメリカにあるという事実は、同国の象徴するものと数性5とのあいだに切り放せない関係が存在することを示唆して余りある。

さらに、アメリカの建国と同国に隠然たる影響力を持つ「英国教会」の関係。さらに後述するフリーメーソン Free Mason と英国教会 Anglican Church に見られる象徴主義の驚くべき類似性に関しても、言及する価値があることをここで断っておいてもいいだろう。


■ 数性5と五弁の花

日本では古来から「はな」と言えばそれが梅を指すと言うくらい、五弁の梅は古くから親しまれている。それは「日本のヘラルドリー」である家紋においても伝統的に「梅鉢 うめばち*」と呼ばれるひとジャンルを成していることからも分かる。梅鉢紋にはいくつものバリエーションがあるが、そのどれもが「数性5」を強調したものになっている。欧州の図像伝統においては五弁の花を模したと言われる五弁飾り/サンクフォイル cinqfoil/cinquefoil** がある。日本において五弁の花の象徴が桜に取って代わるのは近世以降(江戸時代)である。園芸品種であるソメイヨシノが大ベストセラーになったために桜の地位が一挙に上がり、梅に替わって「花の代表」となる。

Umebachi mon a Umebachi mon b Umebachi mon c Cinquefoil at Westminster Cinquefoil illustration

* 梅鉢紋の図版引用先:
東京染小紋の模様(もよう)
を蔵出し着物屋 ぬっ記
Art Center Internet Gallery

** Cinquefoilの図版引用先:
Inside The Da Vinci Code
Clipart ETC


一方、現在「星条旗 Stars and Stripes / Star-spangled」と呼ばれている合州国国旗に多くの日本人が出会ったのは、1854年(「五芒星」星条旗が定着して半世紀後)にペリーが日本に黒船でやって来た時だ。その際、艦上にはためいていた国旗の青いカントン cantonに縫い込まれた五芒星を見て、日本人のほとんどが「星」だとはあきらかに思わなかった。幕末当時の日本人には少なくとも「星状五角形とは星のことである」と認識する約束・習慣がなかったのだ。すでに言及している通り、「五芒星 ≒ 星」と捉える一般則は世界においてもまだ日が浅かった事情を鑑みれば、日本においてはなおさらのことであるが、やはり新しいものであった。五芒星を大胆にあしらった合州国の星条旗を初めて見た江戸時代人たちが、それを最初「花条旗」と呼んだらしいところからもそれが伺える。幕末の日本人はそれを星であると「読む」決まりを知らずにも、梅鉢のパターンがすでに知られていた日本において、白い5つの角を持つ星々を五弁の花びらと見た。

ここで重要なのはそれを日本人が星と気付かなかったという点ではなく、むしろ「5」という数性にはおそらく無意識ながら着目していたという点にこそある。つまり、その五芒星が星であるということを度外視しつつも、シンボルのより重要で本質的な性質は、きちんと「異境人」たる日本人にコミュニケートされたと言うことができるのである。

さて、さらに興味深いのはその日本が(どんな手続きを経たにせよ)合州国と国交を持ったあとに、日本の時の為政者が行なったことである。それは日本が米国に「ソメイヨシノ」を贈ったという歴史的逸話である。今では春になるとポトマック川河岸で満開になり、そこを訪れる観光客たちをはじめ、政界を含む権力に近い人々をも喜ばせているワシントンDCのサクラであるが、明治時代に「日米親善の徴」として贈られたものであることを知る人も少なくないであろう。

Cherry Blossoms in D.C.
Someiyoshino
上:図版引用先:NACC.National Park Service HP
下:ソメイヨシノ(筆者撮影)

参考資料:
日本国内のD.C.の桜の紹介サイト:ワシントン桜物語 アメリカと日本の友情を深める花
D.C.の桜祭りの公式サイト:National Cherry Blossom Festival
NPSによるNational Mall & Memorial Parksのサイト:Cherry Blossom History

だがこの五弁の花、しかも満開になったらすぐに潔く一気に散ってしまうというその「無常の徴」を米国に贈り物として献上し、ホワイトハウスからほど近い場所に植えさせ、しかもかの地の人々がそれを愛でるようにした、というのは、実になんとも心憎い計らいであったと言うべきであろう。隠しながら「情/こころ」を伝えるという万葉の時代からのヤマト人の伝統的マナーは、当時も生きていた訳である。まさに「地上の星、天上の花」としての桜であり五芒星であった。

繰り返すが、青地に白く縫い込まれた徴を五芒の「星」と見るか、五弁の「花」と見るかは、さして重要なことではない。大事なのは“5”という数性の伝達である。そして、伝達は異文化間においても成功したのだった。


■ 「完成」を象徴する数字“5”

われわれにとっても極めて親しみのあるこの“5”という数は、アメリカの独立宣言以降の「新世界」において「完全」や「完成」を意味するシンボルとなった。すでに述べたように、これは今後徹底して追求される「近代的ヒューマニティ:五欲」の完成と重なる部分である。

Five Star Managers

この新大陸においては、サービス産業における業者クオリティ等級を表現するのに五段階評価が用いられ始める。ホテルやレストラン、そして劇や映画の質を評価するのにこうした五段階評価法が一般的に用いられ始めた。それは星の数で決められる(星はもちろん五芒星である)。フランスにおけるレストランやホテルの「3つ星 = 最上級」といった言われ方をするのがそれであり、星の数が多いほど等級が上なのは言うまでもない。「5つ星」は最上級のクオリティに対して付けられるレイティングであるが、滅多にそのような評価が下ることはない。だが、リムジンサービスなど合州国内の観光サービスなどで“five-star / five stars”を謳っている業者も多く、そうしたサービスの質を会社名として冠しているところさえあるほどだ。三ツ星を最上の等級(ランク)として認識しているフランスなどと明らかな違いを見せている。これはきわめてアメリカ的な現象(あるいは「ポスト“新大陸独立”的な現象」)と言うべきであろう。

Five Star Limo Five Star Concierge Five Star Security Five Star Hotel System
「五つ星」を謳うサービス群

リムジンサービスコンセルジュサービスホテルのセキュリティ会社ホテル予約システム(クリックすると引用先にリンク)

「レイティング・システム」に見られる様な星の増加は、単なる商業的理由による「星のインフレーション」のためであるという言い方では十分に説明できない。なぜならば、仮に自然な「インフレーション」が星を増加させていくのだとすれば、間もなく、「6つ星」といった六段階評価が出てきても良さそうであるが、いまのところそのような気配は目立たない──後に述べるような「6の倍数」の象徴の登場という歴史的エポックを除いては。少なくとも、「5つ星」の評価制度が市場において広く正式に採用され、その上でアメリカで暮らすアメリカ人が“6”という数に対して好印象を持つというような経過を辿らなければ「6つ星」などという制度が現実のものになることはないだろう。それは「50ないし5を以て完成とする」という「数性5」の権化たる合州国において受け入れられそうもないことは、今となっては敢えて断るまでもないだろう。


■ 50の五芒星を作り出すもの

五芒星は、正確には五角形ではなく、5つの外向きの角と5つの内向きの角を持つ一種の十角形である。そして一筆で描けるその形状はしたがって10の点によって結ばれている。言い換えると、10の小さな星があるとすれば、それらを結ぶことによって星座のように「ひとつの大きな五芒星」を描くことができる。50の小さな星があれば、「5つの大きな五芒星」を描くことができるのである。合州国の50州はこのように大きな五芒星を5つ描き出すことのできる数を表す。5つの大きな五芒星は「5の時代」の完成を図像的に表徴したものである。したがってアメリカ合州国の「50の州」は「ヒューマニティの完成」に向かうための180年に及ぶ建国以来の歴史的過程をそのまま直截に表現したものなのである。

50 small stars to draw 5 large stars
50の小さな星は5の大きな星を描く。
“Nereid and Seven Kings”(Heavenly Talks, Earthly Talks)の背景画を意図して作った“Nereids Now”or "Dragon Horns" 筆者作
古代神話の原色世界 @ 壁画のあるグロッタ(洞窟)@ 課題が見出される庭園


また、“50”という数が促す連想は海の精 sea nymphs である。その原型はギリシア神話におけるネレウス Nereus の50人娘 Nereides/Nereids のエピソードによるものと言える。アメリカ海兵隊 Marinesの海兵隊旗が、海を象徴する青地背景に50の白い星が描かれたものとして知られる。これは合州国国旗のカントンをそのまま旗にしたもので、50州が一群になって互いに協力し合う海兵隊の象徴は、ギリシア神話上の海の精霊である「50人姉妹」を強く連想させるのである。







posted at 00:05:00 on 2007-05-15 by entee - Category: 伝統数秘学批判 TrackBacks

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